はじめに――「マリーナを造る」ために、一つの許可を取ればよいわけではない
※本レポートは、公開されている資料や法令に基づき、マリーナ開発に関係する海事法務・行政手続の一般的な考え方を解説するものです。特定の事業者、行政機関又は個別事業について、法的評価や見解を示すものではありません。実際の許認可の要否は、所在地、土地・水域の管理区分、施設の内容、事業規模等によって異なります。
第3回では、マリーナが単なる「船の保管場所」ではなく、
〇 船舶の係留・保管
〇 船舶整備
〇 海洋レジャー
〇 観光
〇 飲食
〇 宿泊
〇 地域交流
など、様々な機能を組み合わせた複合的な事業であることを説明しました。
では、実際にマリーナを整備しようとした場合、どのような行政手続が必要になるのでしょうか。
ここで重要なのは、
「マリーナ開発のための一つの許可」が存在するわけではない
ということです。
マリーナの開発では、
「どこに造るのか」
「海面をどのように使うのか」
「どのような施設を造るのか」
「どのような事業を行うのか」
によって、関係する法令や行政機関が変わってきます。
例えば、海面に桟橋を設置する場合と、陸上にクラブハウスを建設する場合では、確認すべき制度が異なります。
そのため、マリーナ開発では、最初に**「法規制の全体像を把握すること」**が非常に重要になります。
1 最初に確認すべきは「その場所がどの区域なのか」
マリーナ開発を検討するとき、最初に確認すべきなのは施設の設計ではありません。
「その土地・水域が、どのような法的区域にあるのか」
です。
例えば、
〇 港湾区域
〇 臨港地区
〇 海岸保全区域
〇 河川区域
〇 河川保全区域
〇 都市計画区域
〇 市街化区域
〇 市街化調整区域
〇 その他の規制区域
などです。
同じ「海の近く」にある土地でも、どの区域に属するかによって、適用される法律や行政機関が変わります。
したがって、
「ここにマリーナを造りたい」
という事業構想が出てきた段階で、
「この土地と水域には、どのような法的規制が存在するのか」
を確認することが、最初の作業になります。
2 港湾区域なら「港湾法」が重要になる
マリーナ開発で特に重要になるのが港湾法です。
港湾区域内の水域を占用しようとする場合、港湾法第37条に基づき、原則として港湾管理者の許可が問題となります。
国土交通省も、港湾区域内の水域占用について、港湾管理者の許可が必要となる制度を示しています。
これはマリーナにとって非常に重要です。
なぜなら、マリーナの中心的な施設である、
〇 桟橋
〇 浮桟橋
〇 係留施設
〇 防波堤
〇 その他の水域上の施設
などは、海面・水域の利用と密接に関係するからです。
つまり、
「陸上の土地を借りればマリーナができる」
とは限りません。
海面をどのように利用するのか、その水域を誰が管理しているのか、どのような許可が必要なのかを確認する必要があります。
3 港湾管理者との協議が重要になる
港湾法上の手続を考える場合、単に申請書を提出すれば終わるというものではありません。
港湾区域は、港湾の開発・利用・保全を総合的に考えるための区域です。
そのため、マリーナの整備計画については、
〇 港湾計画との整合性
〇 周辺港湾施設との関係
〇 船舶の航行
〇 港湾利用への影響
〇 水域利用の範囲
〇 係留施設の位置
〇 防波堤等の構造
〇 周辺事業との調整
などを検討することになります。
港湾法上も、港湾の利用・保全や港湾計画の遂行に著しい支障を与える場合には、水域占用等の許可をしてはならないとされています。
したがって、マリーナ開発では、
「許可申請書を作ること」よりも、「その計画が港湾行政上どのように位置付けられるのかを早い段階で確認すること」
が重要になります。
4 海岸区域なら「海岸法」の検討も必要になる
マリーナの整備場所によっては、海岸法との関係も問題になります。
海岸法は、津波、高潮、波浪、海水による侵食などから海岸を防護するとともに、海岸環境の整備・保全や公衆の適正な利用を図ることを目的とする法律です。
海岸保全区域では、海岸の占用や工作物の設置などについて、海岸管理者との関係を確認する必要があります。
したがって、
「海に面している土地だから自由に桟橋を設置できる」
とは考えられません。
海岸保全区域に該当するかどうか、誰が海岸管理者なのか、どのような施設を設置するのかを確認する必要があります。
国土交通省も、海岸の占用について、海岸保全施設の機能や安全性への影響、公衆の海岸利用等を踏まえた制度運用を示しています。
5 河川に接するマリーナでは「河川法」も関係する
河川や河口部にマリーナを整備する場合には、河川法も重要になります。
河川区域内で土地を占用する場合には河川法第24条、工作物を新築・改築・除却する場合には第26条、土地の形状を変更する場合には第27条などが問題になります。
例えば、
〇 船舶係留施設
〇 桟橋
〇 船着場
〇 上下架施設
〇 その他の工作物
を設置する場合、その場所が河川区域等に該当するかを確認しなければなりません。
国土交通省の資料でも、河川区域内の工作物の新築等について河川法第26条第1項の許可が必要であることが示されています。
つまり、マリーナ開発では、
「海なのか、河川なのか、港湾なのか」
という水域の法的性質を確認することが非常に重要です。
6 陸上施設には「都市計画法」が関係する
マリーナは海面だけで完成するものではありません。
第3回で説明したように、
〇 クラブハウス
〇 レストラン
〇 駐車場
〇 修理施設
〇 ショップ
〇 宿泊施設
〇 管理事務所
など、様々な陸上施設が必要になります。
ここで問題となるのが都市計画法です。
例えば、土地の区画・形質を変更して建築物や特定工作物の建設を行う場合には、都市計画法上の「開発行為」に該当する可能性があります。
横浜市の制度を例にすると、市内で開発行為を行う場合には原則として開発許可が必要であり、市街化区域では500㎡以上の開発行為が許可対象となる制度が設けられています。
ただし、これはあくまで横浜市の制度例です。
浦賀など別の自治体であれば、当該自治体の都市計画・開発許可制度を確認する必要があります。
7 「市街化区域か、市街化調整区域か」も重要
陸上施設を整備する場合には、単純に「土地を所有しているから建物を建てられる」とは限りません。
特に重要なのが、
市街化区域なのか、市街化調整区域なのか
という区分です。
市街化調整区域では、開発・建築についてより強い規制がかかる場合があります。
そのため、マリーナの計画段階で、
土地を取得する
↓
建物を建てる
↓
レストランやホテルを営業する
という流れを考えるのであれば、土地の利用可能性を事前に確認しておく必要があります。
横浜市の制度でも、市街化調整区域では開発許可や建築許可について、立地基準等を含めた審査が行われています。
8 建築基準法も忘れてはいけない
クラブハウス、レストラン、ホテル、事務所などの建築物を整備する場合には、当然ながら建築基準法との関係も確認する必要があります。
例えば、
〇 用途
〇 建築規模
〇 構造
〇 接道
〇 防火・避難
〇 建築確認
〇 用途変更
などです。
特に注意したいのは、
「マリーナだから特別な建築物になる」のではなく、実際に建築する建物の用途ごとに規制を確認する
ということです。
レストランとホテルでは必要となる検討事項が異なります。
修理工場などを設置する場合には、さらに別の法令が関係する可能性があります。
9 盛土・造成を行う場合には「盛土規制法」等も確認する
大規模なマリーナ開発では、
〇 土地の造成
〇 盛土
〇 切土
〇 擁壁
〇 埋戻し
〇 敷地の形状変更
などを伴うことがあります。
その場合には、都市計画法だけでなく、**宅地造成及び特定盛土等規制法(盛土規制法)**との関係も確認する必要があります。
例えば横浜市では、開発許可、開発事業等の調整、盛土規制法等について、それぞれ手引や窓口が整備されています。
したがって、
「マリーナ施設の建設」
だけを見るのではなく、
その施設を建設するために土地をどのように造成するのか
まで含めて検討する必要があります。
10 海上工事では「港則法」等も問題になる
マリーナを整備する場合、単なる建築工事だけではなく、
〇 浚渫
〇 杭打ち
〇 桟橋設置
〇 防波堤工事
〇 作業船の使用
〇 海上での工事・作業
などが発生する可能性があります。
港則法の適用を受ける港では、工事や作業を行う際に、港則法上の許可等が必要となる場合があります。
海上保安庁も、特定港等における工事・作業について、港則法第31条等に基づく許可制度を案内しています。
つまり、
施設を完成させるための「工事そのもの」にも海事関係の許認可が発生する可能性がある
ということです。
これは一般的な陸上開発とは異なる、マリーナ開発の特徴の一つです。
11 公有水面を埋め立てる場合は「公有水面埋立法」
さらに大規模な計画では、土地そのものを造成するために海面を埋め立てるケースも考えられます。
その場合には、公有水面埋立法との関係が問題になります。
これは、
「既に存在する土地を利用する」
場合とは全く異なる問題です。
海面を埋め立てて新たな土地を造成するのであれば、埋立てそのものについて法的な手続が必要になります。
したがって、マリーナ開発の初期段階では、
「既存の土地・護岸を利用するのか」
「新たに土地を造成するのか」
を明確にする必要があります。
12 施設完成後の「営業」にも別の許認可がある
マリーナ開発では、施設を完成させるまでが行政手続ではありません。
完成後にどのような事業を行うのかによって、さらに許認可・届出が必要になる可能性があります。
例えば、
レストラン・カフェ
飲食店営業に関する手続。
宿泊施設
旅館業法等に関する手続。
船舶修理
事業内容によって、消防・環境・廃棄物等に関する規制の確認。
給油施設
危険物施設等に関する消防法上の規制。
遊覧船・旅客船事業
船舶を利用した旅客運送事業に関する海事関係法令。
マリンレジャー事業
事業内容に応じた各種法令・安全管理上の確認。
というように、「マリーナ」という一つの事業の中に、複数の事業が組み込まれることがあります。
13 スーパーヨット対応になると、さらに確認事項が増える
第2回で取り上げたスーパーヨットについても考えてみましょう。
例えば海外からスーパーヨットが入港し、
〇 オーナー
〇 ゲスト
〇 クルー
が日本に滞在するとします。
この場合、単純な「船の係留」だけではなく、
〇 入出港
〇 税関
〇 出入国
〇 検疫
〇 船舶関係手続
〇 旅客・クルーへのサービス
〇 宿泊
〇 観光
〇 物流
〇 燃料・給水
〇 船舶整備
など、様々な分野との接点が生まれます。
つまり、
スーパーヨット対応型マリーナは、港湾施設であると同時に、国際観光・海事サービスの拠点にもなり得る
ということです。
そのため、一般的なプレジャーボート向けマリーナよりも、事業計画の初期段階から関係行政機関を整理しておくことが重要になります。
14 マリーナ開発の許認可は「縦割り」で考えない
ここまで、様々な法律を見てきました。
整理すると、次のようになります。
| 分野 | 主な関係法令等 | 主な確認事項 |
| 水域 | 港湾法 | 水域占用・係留施設等 |
| 海岸 | 海岸法 | 水域占用・係留施設等 |
| 河川 | 河川法 | 河川区域・工作物等 |
| 土地利用 | 都市計画法 | 開発許可・用途等 |
| 建築 | 建築基準法 | 建築・用途・確認等 |
| 造成 | 盛土規制法等 | 盛土・切土・造成 |
| 海上工事 | 港則法等 | 工事・作業の許可等 |
| 埋め立て | 公有水面埋立法 | 海面の埋立て |
| 営業 | 各種業法 | 飲食・宿泊・旅客運送等 |
しかし、実務上もっとも重要なのは、この表を作ることだけではありません。
重要なのは、
これらの制度を一つの事業計画の中で相互に関連付けること
です。
例えば、
「桟橋を造る」
という一つの計画でも、
水域の管理者
↓
水域占用
↓
施設設置
↓
海上工事
↓
陸上との接続
↓
建築・開発
↓
完成後の営業
というように、複数の法制度が連続して関係してきます。
15 マリーナ開発では「許認可マップ」を作ることが重要
そこで、マリーナ開発を検討する場合には、私は最初に**「許認可マップ」**を作ることが重要だと考えます。
例えば、
STEP 1 場所を確認する
〇 土地の所在地
〇 水域の位置
〇 港湾区域か
〇 海岸保全区域か
〇 河川区域か
〇 都市計画区域か
〇 その他の規制区域か
STEP 2 施設を確認する
〇 桟橋
〇 浮桟橋
〇 防波堤
〇 ボートヤード
〇 クラブハウス
〇 レストラン
〇 ホテル
〇 修理工場
〇 給油施設
〇 駐車場
STEP 3 事業内容を確認する
〇 船舶保管
〇 船舶販売
〇 船舶修理
〇 レンタル
〇 クルージング
〇 旅客運送
〇 飲食
〇 宿泊
〇 観光
STEP 4 関係行政機関を整理する
〇 港湾管理者
〇 海岸管理者
〇 河川管理者
〇 市町村
〇 都道府県
〇 国土交通省
〇 海上保安庁
〇 消防
〇 保健所
〇 その他関係行政機関
という形です。
これを事業計画の初期段階で整理しておけば、
「建物は完成したのに、海面利用の許可が取れない」
あるいは、
「桟橋は整備できたが、予定していた営業ができない」
といった問題を避けやすくなります。
16 浦賀のマリーナ開発を考えるとき
ここで浦賀について考えてみます。
浦賀でマリーナを整備する場合、単に「船を係留する場所」を作るだけではなく、
〇 どの水域を利用するのか
〇 その水域を誰が管理しているのか
〇 港湾計画との関係はどうなのか
〇 陸上施設をどこに配置するのか
〇 周辺の土地利用との整合性はどうなのか
〇 どのような船舶を受け入れるのか
〇 スーパーヨットに対応するのか
〇 観光・宿泊・飲食とどのように連携するのか
を一体として検討する必要があります。
特に、浦賀を単なる「寄港地」とするのか、
「スーパーヨットを核とした海洋観光・海洋産業の拠点」
として発展させるのかによって、必要となる施設も行政手続も変わってきます。
その意味で、許認可の検討は、事業計画の最後に行うものではありません。
事業構想そのものを作る段階から始める必要があります。
17 行政書士・海事代理士が関わる意味
マリーナ開発において、行政書士・海事代理士が関与できる領域は広くあります。
例えば、
〇 関係法令の整理
〇 許認可の全体像の整理
〇 行政機関との事前相談
〇 許認可申請書類の作成
〇 関係資料の収集
〇 行政協議のサポート
〇 船舶関係手続
〇 海事関係法令の確認
〇 事業開始後の行政手続
などです。
特にマリーナの場合、
陸の行政手続だけではなく、海の行政手続を同時に考える必要があります。
ここに、行政書士と海事代理士の双方の知識を組み合わせる意味があります。
もちろん、一級建築士、土地家屋調査士、司法書士、税理士、弁護士、技術コンサルタントなど、他の専門家との連携が必要になる場面もあります。
マリーナ開発は、一人の専門家だけで完結する事業ではありません。
だからこそ、
「誰に、何を、いつ相談するのか」
を早い段階で整理することが重要なのです。
まとめ――マリーナ開発は「許認可の集合体」である
マリーナは、一つの許可を取得すれば完成する施設ではありません。
水域については、
港湾法・海岸法・河川法など。
土地については、
都市計画法・建築基準法・盛土規制法など。
工事については、
港則法等。
さらに、事業開始後には、
飲食・宿泊・旅客運送など、それぞれの事業に応じた法制度
が関係してきます。
つまり、マリーナ開発とは、
「海」+「土地」+「施設」+「事業」
を同時に考える必要がある、非常に複合的な事業なのです。
そして、その複雑さこそが、マリーナ開発において行政手続を事業計画の初期段階から検討する必要がある理由です。
浦賀でスーパーヨットを受け入れるマリーナを考えるのであれば、
「どの許可が必要なのか」
だけではなく、
「どの行政機関と、どの段階で協議しなければならないのか」
という視点が重要になります。
マリーナ開発は、許認可申請書を作ることから始まるのではありません。
最初の行政協議から、すでにマリーナ開発は始まっているのです。